東京工業大学「東工大立志プロジェクト」の取り組み

【東京工業大学】リベラルアーツ研究教育院の先生方との交流(2023/02/08)

東京工業大学|山崎太郎 教授(院長)、三ツ堀広一郎 教授(副院長:教育・国際担当)、室田真男 教授(副院長:財務・人事担当)、岡田佐織 准教授、鈴木健雄 講師

概要

 大学は春休みに差し掛かろうという28日に、本学の全学教育推進機構の村上正行教授と特任研究員Sの岡田玖美子で東京工業大学大岡山キャンパスに訪問しました。

 東京工業大学というと、一般的には理系のトップ大学というイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。しかし、東工大では2016年度から初年次対象の必修科目「東工大立志プロジェクト」を筆頭に、理系の専攻分野に限らない、非常にユニークかつ体系化された教養教育が行われています。その取り組み、および導入の背景について、教養教育を担われているリベラルアーツ研究教育院の先生方に貴重なお話を伺うことができました。

 新入生が広大な可能性を前に「志」を立てる「東工大立志プロジェクト」

 詳細は東工大HPに記載されていますが(「東工大リベラルアーツ科目の要石『東工大立志プロジェクト』」https://www.titech.ac.jp/news/2016/035933)、「東工大立志プロジェクト」(2単位)(以下、「立志プロジェクト」)は、学部1年生を対象とした必修科目で、講堂での多彩なゲスト講師による大人数講義と、少人数クラス(28人×41組)でのグループ演習が交互に行われます。

 講堂講義では、研究者、記者、ジャーナリスト、専門家など、社会的に話題になっている人やその分野のトップを走る人から話題提供を受けます。その講義を受けて、自宅学習で「ふりかえりノート」を記入し、それをもとに次回の少人数クラスで話し合うことで、自分の考えを深めるというサイクルです。大阪大学の「学問の扉」でもインプットの講義とアウトプットのディスカッションやグループワークを組みわせるクラスは多くありますが、授業全体としてインプット⇒アウトプットのサイクルが整えられていることに驚きました。

 また、少人数クラスでは、教員は教える側というよりも「ファシリテーター」として参与し、学生主体の4人組でのグループワーク、個人での書評執筆、プレゼンテーションをファシリテートします。自分の殻に閉じこもるのではなく、他者に自分の関心や考えを伝えてもらうことを大切にしているといいます。

 書評では、教員がおすすめする多岐にわたる分野・ジャンルの文献リストのなかから対象を選びます。まず、この文献リストを読むことで、自分が関心をもった本だけではなく、さらに広い分野のこともわかり視野が広がるというねらいがあるそうです。高い専門性を誇る単科大学だからこそ、「新入生のうちから異分野のおもしろさや『知的な喜び』を知る体験が学生の人間性や知性に厚みをもたらす」(三ツ堀先生)という視点を大切にされています。この視点は専攻とは異分野のクラスの履修を推奨する「学問への扉」とも共通するものです。

 このように、「これだけはやってほしい!という授業の最低限の『箱』をしっかりとつくったうえで、中身に何を詰めるかは各先生に考えてもらい、それぞれが考える『いい授業』で1年生を導いてもらっている」(三ツ堀先生)ということでした。

「教養コア学修科目」として学部から博士課程までつながる教養教育

  東工大では、大学院に進学する割合も多いため、学士課程から修士課程・博士課程まで「くさび型教育」モデルで教養教育が位置づけられています。そのなかで、「『立志プロジェクト』と『教養卒論』はセット」(山崎先生)だそうです。学部1年次に「立志プロジェクト」によって、それぞれの「志」(ここでいう志には、人間性、創造性、社会性という3つの観点があるそう)を立てたのち、比較的カリキュラム上ゆとりがある3年次に、「立志プロジェクト」での班員が「教養卒論」(2単位)という科目で再集結するそうです。そこで、その間それぞれが培った知識や経験・考えを共有することで、互いの成長と自分とは異なる歩みを感じることができるのです。

 この「教養卒論」では、自分の専門分野やこれまで得てきた教養や経験について、社会的な意味や影響を自ら主題として設定・探求する論文を5,000~10,000字ほどで作成し、学生相互のピア・レビューを行います。なお、海外の大学ではダブル・ディグリー制度や大阪大学でも「大学院副専攻プログラム」など専攻する分野を1つに限らない制度を設けていますが、多くは本人が希望した場合のみです。しかし、東工大の「教養卒論」は「立志プロジェクト」と同じく必修科目とされています。「単科大学だから、理系だから、専門以外のことはしなくていい」ということではなく、「理系の単科大学だからこそ、積極的に社会や異なる関心をもつ他者についても考えることが必要なのではないか」という理念がここからも読み取れます。しかも、ピア・レビューを経ることで相互に学び合うことができ、人文・社会系が専門のリベラルアーツ研究教育院の先生方からみても、質の高い論文が多いといいます。

 他方で、理念を実現するには、現実的な問題もつきものです。どのように授業コマを確保するのか、誰が学生をサポートするのか…。導入に際しては、やはりさまざまな課題があったということです。しかし、大学全体の改革として、リベラルアーツ研究教育院のリーダーシップのもとで必修科目として教養教育の「箱」を用意したこと、そして、学生主体で、ときには修士課程で「ピアレビュー実践」や「リーダーシップアドバンス」という選択必修教養科目を履修する院生がサポート役として授業にかかわる仕組みなどにより、学士課程から博士課程まで一体となったカリキュラムが実現できたということです。さらに、カリキュラムについての理解促進や教育改善のために、教学マネジメント担当の岡田先生・鈴木先生を中心に、新たに着任された教員への研修会や、共通教材・ツール等の整備、成果検証の調査も行われています。

 東工大では、2016年度のカリキュラム改革以降、着実にその教養教育の魅力や意義が学生・教員の間にも広がってきているようです。大阪大学においても、初年次の「学問への扉」にとどまらず、ある程度専門性を身に着けた後の高年次教養教育を含めたカリキュラムの必要性は指摘されてはいますが、まだ十分なかたちには至っていません。総合大学と単科大学という違いはありますが、日本全体で学際融合や領域横断、産官学連携、社会実装などがより重要となるなかで、東工大の先進的な取り組みは大阪大学においても大変参考になります。

まとめ

 これまでも東工大の教養教育の独自性・先進性については注目していましたが、今回直に先生方のお話をお伺いするなかで、各科目の結びつきや位置づけについての理解が深まると同時に、カリキュラムに込められた想いについて実感することができました。すでに2016年から6年にわたる実績があり、その取り組みは教養教育の1つのロールモデルとなりうることを再確認しました。東工大は2024年度から東京医科歯科大学との統合が予定されていますが、引き続き交流を深めながら教養教育のあり方や可能性について意見・情報交換をしていければと思っています。

 改めまして、快くお迎えくださったリベラルアーツ研究教育院の先生方に御礼申し上げます。

※三ツ堀先生には、2023年3月14日(火)大阪大学豊中キャンパスにて開催いたしました「学問への扉」シンポジウムにも、ご登壇いただきました。

他の国立大学ではなかなか見られないような、おしゃれで快適な施設Hisao & Hiroko Taki Plazaもご案内いただきました。